今日の日向はびっくりするほど朝から元気だ。
朝練も誰より早く来ていて、馬鹿みたいに動き回っている。
ここ最近のどこか元気がなかった日向とはまるで別人で。
『山口と月島と出かける約束してんだ。』
休み前にそう言っていた事を思い出す。
2人と出かけたから、だからそんなに機嫌がいいのか?
俺の事好きとか言っておきながらほんとは山口か月島の事が好きなんじゃないのか?
だからキスだって…
いや、あれは違う。あれは俺が可笑しい。
行き場のない熱をぶつけるだけの行為にキスは必要ない。
それなのに…あの拒絶の声が耳から離れない。苛々する。
別に…お前が俺を好きなら受け入れればいいだろ。
好きな相手とするのがキスなら、お前にとってはあれはキスなんだろ?
それともやっぱりもう山口か月島に心変わりして…
どっちかとキスを…
ズダアアアアン!!!!
「!?」
「な、なんだ!?」
手が勝手にボールを床へと叩きつけていた。
くそっ、訳が分からない。
日向が心変わりしたならいいじゃないか。どうせ俺は気持ちに応えてはやれないんだ。
新しい恋をすればいい。別に身体を重ねるのだって…
『っ…ふっ…』
頭の中にヤッてる時の日向の姿が思い浮かぶ。
あんな顔、他のヤツに見せんのか?
俺相手には声も出さないけど、他の奴には啼いてねだんのか?
ズダアアアアン!!!!
「ひぃ!!」
「ちょ、影山どうしちまったんだ?」
むかつく むかつく むかつく むかつく
「影山?どうかしたのか?」
耳に入ってきたトーンの高い声。
振り返った先にはオレンジ色のふわふわの髪。
「みんなビビってんぞ?」
うるさい。
「そろそろサーブ練始まるし…」
うるさい。
「そんな形相じゃ…」
「うるさいって言ってんだよ!!!!」
「っ…」
体育館の空気が凍った。
「あ…」
まずいと思った時にはもう遅かった。
目の前の日向の目は、涙が浮かんでいる。
「ご、ごめん…俺。」
それだけ言って日向は走り去っていく。
「影山、何に苛ついているのかは知らないが日向に当たるのはよせ。」
「…すいません。」
キャプテンに窘められて頭を下げる。
そんな事、分かりきってる。だけど…どうしていいかわからない。
もやもやとした感情が渦巻いて…どうにも出来ないんだ。
*
「で、話って何。」
昼休み。
俺は月島と山口を空き教室に呼び出していた。
案の定、月島はものすごく冷たい視線で俺を見るし、
山口もどこか怒った様な顔で見ている。
「…相談がある。」
「は?王様が庶民如きに相談だなんて明日は雨デスカー?」
「王様はやめろ!」
「ほらそうやってすぐに怒る。今日の朝、日向にだって…」
山口の言葉でうっと言葉に詰まる。
確かに今日の朝のあれは我ながら酷かったと思うけど…
「…で、はやく言いなよ。時間だってタダじゃないんだから。」
「くっ…」
ものすごく上から口調で言われて自分に青筋が立つのが分かる。
けれど…確かめたい事もあるから我慢する。
「…友達の話なんだけど、そいつはAって奴に好かれてるんだけど
そいつが好きなのはBさんて人で、でもBさんにはCさんっつー彼氏がいてだな。」
一応、ぷらいばしー?とかいうのを考慮して名前を伏せて話を始める。
しかし…
「友達だのABCだの分かり辛い。
友達→影山飛雄 A→日向翔陽 B→菅原孝支 C→澤村大地 でもう一回。」
「全部バレてた!!」
月島の蔑むような目も驚きだけど、全部がばれていた事に衝撃を受ける。
日向の俺への気持ちがバレてるのは分かる。
あいつはアホみたいに分かりやすいから。
しかし、俺の菅原さんへの想いや菅原さんとキャプテンの事まで
見抜かれているとは思いもしなかった。
「ワンモアプリーズ。」
「うっ。」
「ワンモアプリーズ。」
「な、なんだよ!わんもあぷりーずって!!」
しかも謎の言語で攻められる。俺の頭はショート寸前だ。
「もう一回言えってことだよ。」
「そ、そうなのか。」
「ほんと王様って馬鹿だよね。」
「うっせえわ!!だから…その…」
・
・
・
「王様サイテー。」
「最低だよ影山は。」
「うるせェ俺も同じ事思っとるわ。」
相談後。間髪入れずに2人にフルボッコされて机に突っ伏した。
「王様らしく西洋風にギロチンか、日本人らしく和風に切腹かどっちがいい?」
「え、俺処刑されんの?」
いや、月島と山口の意見はもっともだ。
今まで流れできたけど…言葉にして改めて説明したら…だいぶ最低な奴だ俺。
勝手に失恋して、俺を想ってくれてた日向の好意につけ込んで
一度じゃ無くて何度も抱いて、しまいには勝手に嫉妬するなんて。
「まぁまずはっきり言っておくと僕らと日向にそういう関係はないから。」
「…」
「何その疑いの目。」
「…別に。」
「別に、の目じゃないよね。」
「…」
反論の余地もない。
「日向は…影山の事だけを想ってるよ。」
「…」
「それでずっと苦しんでる。言うべきかどうかわからないけど…俺とツッキーは
日向に影山の事で相談を受けたんだ。」
「俺の…事…」
最低かもしれないが、日向がこいつらに話していたのが
自分の事と知ってなんとなく嫉妬の気持ちが半減する。
「日向泣いてた。たくさん。」
「っ…」
「でも自分でもわかっててやってる。結局は影山の失恋を利用して
そばにいるだけなんだって自分を責めてる。」
『かげやまー!』
頭の中の日向が俺を呼ぶ。
まだ何も起こっていなかったあの頃。
『トス!トスあげてくれ!』
『いいじゃん!一緒にやろーぜ!』
キラキラして、眩しかった頃の日向。
それを曇らせてしまったのは、他でもない…俺だ。
「ていうかさ、日向から聞いたけど君、好きでもないのにキスしようとしたんだって?」
「っ!?」
どこまで喋ってんだアイツと呟くと
あらかた全部吐かせたと月島がしれしれと言う。
自業自得…なのかもしれないが、さすがに堪える。
「元々やってることは最低だけど、日向は多分そこに一番傷ついてるよ。
そしてそれを拒んだ事できっと王様はもう自分を誘わない。
それでいいと思う自分と嫌だって思う自分がいるってね。」
「俺は…」
誘わないなんて選択肢はまったく頭になかった。
むしろ…昨日の夜だって呼び出してやろうかと思ってたくらいで。
「脳筋の君にも分かるように説明してあげるけどさ。」
「脳筋いうな!」
「ツッキーの話をちゃんと聞け!!」
「…」
山口に頭をごつんと殴られて机に沈む。
「僕なら慰めの為に抱いている男にキスしたいなんて思わない。
王様が日向にキスをしようとした理由は何?」
「それは…それが分かれば苦労はしない。」
目をそらす。
「…ほんとはわかってるんじゃない?」
「…」
「王様の話を聞いてたらさ、後半嫉妬まみれじゃん。
相談に乗ってた僕と山口にまで嫉妬するなんて。」
「…」
「嫉妬って意味わかる?
大事なものが他に奪われた、奪われそうな時にするものなんだよ?」
嫉妬。自分の中でもそう表現していたこの感情。
でも…だって、俺が好きなのは…
「…日向がフリーだからそういうことするんだよね?
じゃあ僕が日向を貰えば解決じゃない?」
「!?」
「ツッキー!?」
「僕なら日向に辛い想いはさせない。少なくとも
本気で好きだと言ってるのにセフレみたいな扱いはしない。」
「ふざけんな!!!!!!」
立ち上がって月島の胸倉をつかむ。
ふざけるな ふざけるな そんなことはゆるさない
日向は渡さない 誰にも渡さない
「…それが答えでショ。」
「あっ…」
「キスしたくなったのは王様が日向を好きだから。
嫉妬するのは王様が日向を好きだから。
今僕に怒ったのも王様が日向を好きだから。
まだ続ける?」
月島の勝ち誇ったような顔に今度こそ完敗した。
あぁ、そうか。
俺は…とっくに日向を…好きになってたんだ。
「ヅッギィィィ!!今の嘘だよね!?冗談だよね!?」
「冗談に決まってるでショ。」
「うわああああああん!!」
なんで山口が号泣してるのかは知らないが、
俺はすとんと胸に落ちてきた想いを噛み締めていた。
「それにしても、日向が王様を好きだってよく気付いたね。
僕ら日向に相談されるまで気付かなかったのに。」
「あ?」
ぎゃん泣きの山口を宥め終わった月島がそういえばと切り出してくる。
「よく見てりゃ気付くだろ。」
「そっか。」
そこで何故か月島がふっと笑う。
「よく見てれば気付くって言うのはね、よく見てないと気付かないってことなんだよ。
僕らも排球部の皆も日向をよく見てたけど、誰一人として気付かなかったよ。」
僕らと君の『よく見ている』は大きく違うんだ。
そう言われてなんだか…とてもむずがゆくなった。
つまりは…俺は、よく見てないと気付かない事に気付くほど
日向をずっと見ていたってことだ。
まだ菅原さんを好きだと思っている頃から。
そしてそこまで考えて気付く。
自分の中でいつのまにか菅原さんへの想いが過去形になっていることに。
「もうこれ以上、僕らの言葉は必要ないね?」
「…ん。」
悔しいけど…この2人に感謝しなければならない。
自分1人で考えていてもきっと気付けなかった。いや、気付こうとしなかった。
菅原さんへの想いを大事にし過ぎて、
いつのまにか芽生えていた日向への恋心に。
「そうだ。もう一つ。」
「ん?」
「王様、ゴムはちゃんとしてたんだよね?」
月島が何故かすごい笑顔で聞いてくる。
ゴム…ゴム…あぁ、避妊具か。なんでそんな事を聞いてくるんだ。
「は?日向男なんだし避妊具とかいらねーだろ?」
こいつは保健体育の授業をちゃんと聞いてなかったのか?
いや、俺も聞いてないけど男が妊娠する訳…
「山口、この馬鹿の持ち物全部マヨネーズまみれにしてやろうぜ。」
「さんせー。」
「地味な嫌がらせやめろよ!?」
なんで今の受け答えで嫌がらせを受ける嵌めになるんだ!!
そう息巻いたけれど、その後月島に日向の身体の負担について延々説教されて
俺は床とこんにちわするしかなかった。
本当、俺最低。