休日。
「影山ー影山ー、トスっ!へいっ!トス!」
「うるせぇ日向ボゲェ。
何本欲しいんだ言ってみろ!」
「100本っ!」
「上等だボゲェ!」
いつもどおりの部活。
俺のトスを呼ぶ、小さなスパイカー。
「はーやくっ!はーやくっ!」
「そわそわすんな。くそが!可愛いんだよっ!」
「あいつら…最近前にもまして自重しねぇな。」
「まぁ、仲がいい事は悪い事じゃないけどね。」
キャプテンと菅原さんのそんな声が聞こえてきて、
なんだかむずがゆくなってしまう。
そんなに仲良さそうに見えてるのか、俺と日向は。
だとしたら…なんとなく嬉しい。
「あっ。」
「うお!?」
むずむずした気持ちが指先にまで伝わってしまったのか
日向に上げたトスが暴走してしまう。
「わるい…っておい日向!?」
かなりコートの端まで飛んで行ってしまったボール。
しかし、日向はそれを必死で追っていく。
そして、その先には背を向けた東峰さんの姿。
東峰さんの向こうにいた西谷さんが叫ぶ。
「旭さんっ!!後ろっ!!」
「え…」
その声に東峰さんが振り返った瞬間、日向の身体が東峰さんに直撃した。
「おわぁ!?」
「ぶふっ!!」
振り返った事が幸いしたのか、東峰さんは少し咳き込みよろめきながらも
日向を受け止め、転倒は免れた。
エース、最強の囮ともに怪我がなかったことにほっと安堵する。
「あ、旭さんごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「けほっ、いや、大丈夫だから。日向こそ怪我ないか?」
「俺は大丈夫ですっ!すいません、またボールばっか見てて…」
しょんぼりする日向の頭を東峰さんが撫でる。
その瞬間、背中がざわりとした。
「翔陽はほんと元気だなぁ!!」
「ノヤっさぁん…」
さらに西谷さんまでが日向の頭をわしゃわしゃと撫でる。
背中のざわつきが激しくなった。
なんだこれ。
「日向、お前鼻真っ赤だぞ。ぶっは!!ウケる!!」
「鼻血…とかは出てないみたいだな。よかった。」
「ちゃんと周りを見る目も磨かないと駄目だぞ、日向。」
「まぁ、周りを見渡しても日向の身長じゃ見えないかもねぇ?」
「ぷふっ!ツッキーうまい!」
あれよあれよと言う間に日向の周りに人だかり。
その中心の日向は困ったように鼻を撫でながら笑っている。
その笑顔にざわつきが止まらない。
気付けば俺はその中心に突っ込んでいき、日向の手を掴んでいた。
「…影山?」
きょとんとした顔で俺を見上げる日向。
真っ赤な鼻。痛みのせいか目尻まで少し赤い。
こんな顔、俺以外の誰にも見せたくない。触らせたくない。
「…念のため保健室連れて行ってきます。」
「え?いや、大丈夫だって。」
「うるせえ!俺が行くっつったら行くんだよボゲェ!!」
「はぁ!?どういう理屈だ…っておい!こら離せー!」
抵抗を続ける日向を肩に担ぎあげて体育館から足早に出る。
後ろからはなにやら田中さんの叫び声が聞こえていたが…知らん!
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「大丈夫だっていってんのに。」
保健医が席を外している無人の保健室。
ベッドに日向を下ろすと、不服そうに唇を尖らせる。
そんな顔さえ…見るのは俺だけでいいと思ってしまったり。
「俺が大丈夫じゃねぇんだよ。」
そういって、赤くなった鼻にキスすると『ぴゃぁあ!?』と奇妙な鳴き声をあげた。
「な、なんで影山が大丈夫じゃねぇんだよ…
お前どこもぶつけたりしてねーだろ。」
どもりながらの反論を背に聞きながら、ベッドを覆うカーテンを閉めていく。
そんな俺の様子に日向は首をかしげているが…よし、これでいい。
これで誰にも見られない。触られない。
俺だけの日向だ。
「なにしてんの?」
「別に。」
それを言ってやる義理も無いので、適当に流して自分もベッドにぼふっと腰かける。
反動で日向の身体がちょっと弾んだ。
「影山…?」
「ん?」
「…ううん、なんでもない。」
肩がぴったりとくっつく距離。
互いの体温が伝わり合って混ざっていく。
そして、日向の頭に手を伸ばしてくしゃりと撫でた。
「なに?」
「別に。」
「お前、さっきからそればっかりだなまったく。」
口ではそう文句を言うけれど、
嬉しそうに細められた目は反対の事を言っている。
それに応える様にわしゃわしゃと撫で続けると、
そのうち日向がむぎゅっと腕の中に飛び込んできた。
「もしかしてさ…」
「ん。」
「間違ってたら…あれなんだけど…」
「なんだよ。」
「嫉妬してたり、すんの?」
日向の口から出た嫉妬という言葉にぽかんとする。
対する日向はなんか顔を真っ赤にしてもじもじとしている。
可愛い。
そして、嫉妬という言葉を心の中で10回くらい呟いて
やっとその意味がすとんと落ちてきた。
あぁ、あのざわつきは嫉妬だったのかと。
「影山…?」
いつまで経っても答えない俺を不安そうに見上げてくる。
その頬にそっと手を当てれば日向の身体が小さく跳ねた。
「…多分当たってる。」
「え?」
「嫉妬してた。お前を抱きとめて頭撫でた東峰さんや西谷さん。
それにお前を囲んでるチームのみんなに。」
思えば、かつて好きだった菅原さんまでその対象に入っていたのだから笑えない。
自分の嫉妬深さに驚くばかりだ。
「…バカだなぁ。」
「あん?」
そんな俺の返答に日向は本当に嬉しそうに笑う。
「俺が好きなのは…ずっと影山だけだし。
旭さん達に頭撫でられたりするのは嬉しいけどこう、ほわって感じで。
でも影山にこうやって触られるのはきゅーって感じだもん。」
「きゅー?」
「うん、胸のここんとこがきゅーってなる!」
顔いっぱいの笑みを浮かべて、頬を真っ赤に染めた日向。
なんなんだろう…この生き物は。
「だから嫉妬してもいいけどみんなに八つ当たりしたりすんなよ?」
嫉妬してもいいだなんて…
数か月前までは俺への気持ちを諦めようとしていたくせに。
「生意気。」
「ぴゃっ…」
ふわりと真っ白なベッドに押し倒すと、
きゃきゃと笑っていた顔が不意に色っぽいものに変わる。
「かげ、や…」
俺を呼ぶ声ごと唇で飲み込めば、少しジタバタともがいただけで
後はその手がゆるく俺の背中に回される。
うっすら目を開けば、馬鹿みたいにエロい顔をしているから困る。
今はまだ部活中で、かっとなって連れ出してきたけれどすぐに戻らなきゃいけない。
だけど、まだまだ収まりそうにないこいつのこんな表情を
誰にも見せたくないという気持ちが保健室から出る事を拒否している。
バレーが好きだ。部活が好きだ。
中学の時とは違う。あの満ち足りた空間が好きだ。
だけど今だけは…あと少しだけは、この頭の中を日向でいっぱいにしていたい。
同じように日向の頭の中を俺でいっぱいにしていたい。
キスをほどいて、日向のTシャツをめくり上げる。
少し汗ばんでいるその肌。
さきほど日向がきゅーっとなるといった場所に唇を寄せれば
今度はその身体が大きく跳ねた。
「か、影山っ…それは、ダメ…」
「…わーってる。」
これ以上したらお互い部活どころではなくなってしまう。
めくり上げたTシャツを下ろして抱き起してやると
『影山のバカ…』と拗ねたように抱きついてくる。
「すまん。」
「…ん。」
「部活…」
「そうだな、そろそろ戻らないと…」
「部活終わったらっ…責任、とれよ!」
「っ…ボゲェ!!煽るんじゃねぇ!!」
この期に及んで顔を真っ赤にしながら好き勝手な事を言う
このバカひなにを黙らせる為、今度こそ最後と言い聞かせて唇を奪った。
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「お前達が仲がいいのはいいことだ。」
「「はい。」」
「これからコンビとして活躍してもらわないといけないしな。
だから仲がいいのはいいことだ。」
「「はい…」」
「でもな?お前らが入部当初に行ったように
バレーは繋ぐスポーツだ。お前らだけ繋がってても意味がない。」
「「…」」
体育館に戻って待っていたのは、
もちろん無表情な笑顔のキャプテンだった。
矛盾した表現だけれどそれしか言い表しようがなかったのだから仕方ない。
そして俺と日向は正座体勢で説教を受けている。
正直俺が暴走しただけで、日向は対して悪くないので罪悪感が半端ない。
「大地、それくらいにしときな。
2人ともそれくらいちゃんと分かってるべや?」
「「はいっ!!」」
「…ったく、スガは後輩に甘すぎる。」
やれやれといったキャプテンの顔にようやく表情が戻り
強張っていた体の力が抜けた。
「大地が鞭なら俺は飴担当だべ?」
「あー、なんか分かる気がするっすね!」
「田中君?ちょっと体育館裏へ行こうか?」
「 」
「龍が息してねぇ!!!!」
「こらこら、お前達あまり大地を煽るなよ…後が怖いんだから。」
「ひげちょこ?お前も体育館裏へ…」
「 」
「なんなのこのカオス。やってらんないんだけど。」
「ほんとだよねーツッキー!」
「うるさい山口。」
「ごめんツッキー!」
当事者の俺達をほったらかしてワイワイと騒ぎ始めたチームメイト。
思わず日向の方をみると、日向もきょとんと俺を見つめている。
「「ぷっ。」」
そして同時に吹き出した。
なんだかんだで自分達を受け入れてくれる先輩達や月島達。
そんなメンバーの中にこうして日向といる事が出来る。
それがとてもおかしくて、とても幸せな事だと思える。
中学時代、コート上の王様と呼ばれた俺が持ち得なかったもの。
仲間。そして大切な相手。
「こら、お前ら元凶の癖になに笑ってんだ!」
「そうだぞ!もとはといえば日向達のせいだからな!」
そんな言葉と共に、俺と日向は痛くない拳骨を
頭に一発ずつ喰らった。
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:
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カラカラカラ。
日向の押す自転車からそんな音が響く。
申し訳程度の間隔で並んでいる外灯が照らす帰り道は俺達以外誰もいない。
沈黙が心地いい事を、日向と付き合ってから初めて知った。
何も言わなくても隣に日向がいる。それだけでいい。
「いつのまにかこんなに好きだったんだな…」
「ん?なんかいった?」
「いや、独り言。」
「なにそれ。」
クスクスと笑う声がこんなにも胸を熱くする。
たまらずに足を止めると、日向も止まる。
もうすぐ、分かれ道。
「影山?」
「好きだ。」
「え…」
「俺は日向が好きだ。」
「ど、どうしたんだよ急に。」
突然の事に驚いた日向はオロオロと顔を赤くする。
まぁ、自分でも唐突だったとは思うけど。
今言いたくなった。伝えたくなった。
伝えなきゃいけないと思った。
「好きだ。」
「っ、わかった!わかったから!」
そう叫ぶと、日向は自転車を放り出して俺に飛びつく。
「だから…もうやめれ。恥ずかしい。」
耳まで真っ赤になっている日向の頭にちゅっとキスをして
そのまま耳元で囁く。
「今夜親いない」
「っ…」
「責任とれっつったのお前のほうだろ?」
あの頃使っていた日向を誘うフレーズ。
本当はあんな黒歴史葬ってしまいたいとさえ思う。
けれど、日向に向けた言葉を一つだって嫌なものにしておきたくはないから。
これからいくらでも日向の記憶を塗り替えていく。
俺の言葉ひとつひとつに愛を感じられるように。
「…アホ山。」
ぶすっと一言呟くと、日向はスマホを取り出し俺に背を向け
家に電話をかけ始める。
"いつもの友達の家で自主練してから帰る"
その間に俺は日向の自転車を起こして先に歩き始める。
向かうのはもちろん俺の家。
「うん、じゃあ…っておい!影山置いてくな!」
通話を終えた日向が俺を追いかけて走ってくる。
振り返り、左手を差し出した。
「え…?」
「手。」
「手?」
訳が分からないという表情をしながらも差し出されてきた手をしっかりと掴む。
「か、影山!?」
「恋人なんだからたまにはこーゆーのもいいだろ。」
俺よりも全然小さな手をぎゅっと包み込めば
しばらくの後、その顔にぱぁっと笑顔が咲き乱れる。
「うんっ!!」
「声がデケェぞボゲェ。」
「ごめん影山!」
「お前、山口みたいになってる。」
「はっ!!」
「はっ!!じゃねぇ。」
そこから家に着くまで、他愛ない話をゆるゆると続ける。
それは満たされたようなじれったいような感覚。
*END*
こんな…こんな素敵な後日談いただいちゃいました…!!
影日ちゃんは可愛いし菅さんは天使だし大地さんはイケメンだし田中さんは可愛いし山月ちゃんの優しさプライスレスだし、本当…影日ちゃん愛しい…烏野全員愛しい…!!
こういう気持ち悪いテンションのメールを送ってしまう程に悶えておりましたありがとうございます(平伏
5本も後日談小説いただけて本当私どんだけ贅沢なの…!
あとやっぱり飛雄ちゃんのお誘い台詞がツボすぎて幸せですご馳走様です!
素敵な小説を書かれるそらと様のpixiページはこちら!
そらと様、日向を幸せにしてくれてありがとうございました!!