「もういっぽぉぉぉん!!!」
「うるせぇ日向ボゲェ!!!!」
今日も部活中に元気な後輩達の声が響き渡る。
そんな中、特に問題児である2人の方を見つめて思わずため息が出た。
「スガ?どうかしたのか?」
「いんや。別に。今日も元気だなーって。」
「まったくだ。」
カラカラと隣で笑う大地の笑顔を見ていると安心する。
それと同時に少しだけ心が痛んだ。
1か月くらい前の事。
昼休みの終わりごろ、影山からメールが届いた。
内容は次の休日、どこかに遊びに行きませんかといった内容で
部活以外での後輩との接点に俺は素直に喜んだ。
「どうせなら日向や月島、山口も誘って…あぁ、それだと
田中や西谷が拗ねるかなぁ。」
2年には自分が声をかけるとして
日向達には影山に声をかけてもらおう、もっともすでに話していて
代表で俺に送ってきたのかもしれないけれど。
そんな事を考えながら返事を返すと、すぐに返事が戻ってくる。
『菅原さんと2人きりがいいんです。』
ドクリ。
心臓が嫌な音をたてた。
単にセッターとして相談事があるのかもしれない。
日向達にはその弱みは見せたくないとか。
『部活の話かな?』
『いいえ。プライベートです。』
『プライベートって、何か相談事?』
『相談…というよりただ一緒にいてほしいんです。』
何度かのメールのやり取り。それで俺は気付いてしまった。
影山の2人きりという意味は…先輩後輩のそれではないのかもしれない。
携帯を持つ手が少し震える。
思い浮かんだのは、恋人である大地の顔。
俺と大地は付き合いだして1年半くらい経つ。
1年の時からずっと大地の事が好きで…まさか報われるとは思っていなくて、
それでも大地の方から告白してくれた時…すごく嬉しかった。
「…ごめん、影山。」
『そういう意味なら、ごめん。一緒にはいけない。
俺、黙ってたけど…大地と、付き合ってるんだ。』
結局、大地との関係を伝えることくらいしか俺には出来なかった。
男同士だからとかじゃない、俺が好きなのは大地なのだと伝えるために。
そのメールへの返信は他のメールより少しだけ間をおいて届いた。
『そうでしたか。変な事言ってすみません。忘れてください。』
短い文章。でもそこには影山の気持ちが籠っているようでズキズキと胸が痛んだ。
ごめん、ごめんな…影山。
そしてその日、影山は部活を休んだ。
体調不良で少し遅れると大地に連絡があったらしいのだけれど
結局最後まで影山は姿を見せなかった。
あぁ、きっと俺のせいだ。
「影山、大丈夫かな。」
「…うん。」
「スガ?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた。」
大地の気遣う様な視線が辛い。
気遣われるべきは俺じゃなくて…影山の方なのに。
「後輩が心配なのは分かるが、あまり思いつめた顔してると
心配になるだろ?」
そういってわしゃわしゃと頭を撫でられる。
いつもならそれが嬉しいはずなのに、その時は只…苦しかった。
家に帰って、何度も影山にメールしようか悩んだ。
だけど中途半端な優しさはかえって影山を傷つけてしまうのではないか。
俺なら…失恋相手にそんな事をされたくはない。
気持ちに応えるつもりが無いのなら優しくしないでほしいと思うだろう。
大地相手に想像して…泣けてきた。
「ごめん…ほんとに…ごめん。」
届けたい、けれど届いてはいけない懺悔は俺の部屋に静かに吸い込まれていった。
次の日、日向が体調不良で休んだけれど、影山はきちんと朝練にきていた。
月島に『バカはバカでもバカの王様は風邪ひくんですねー』とか
からかわれてキレてはいたけれど、なんとなく痛々しさは感じられなかった。
俺がそう思いたかっただけなのかもしれないけど。
だから、俺は影山に近づいていった。
せめて一度だけでも直接ごめんと言いたくて。
「影山。」
「…菅原さん。」
近づいてきた俺を見て影山は少し驚いたように目を丸くした。
俺がさけるんじゃないかとか…思ってたのかな。
「その…大丈夫か?」
「あ…はい。大丈夫です。」
大丈夫か、なんて言えた立場じゃないくせに…思わず自己嫌悪に陥る。
「そうか…その、俺…」
「菅原さん。」
「ん。」
「これからも、よろしくお願いします!」
俺が言いよどんでいると、影山が勢いよく頭を下げた。
驚きで瞬きを繰り返してしまう。
下げられた頭が上がった時、見えたのは強い瞳。
あぁ、本当に…影山は俺なんかよりずっとずっと強い子だ。
「…うん。こちらこそ。」
ならばその覚悟に俺も答えなくてはいけない。
大地への気持ちを裏切らない為にも。
後輩として、大切にしようと心に決めた。
:
:
:
あれから一ヶ月以上が過ぎて、影山は何も変わらない。
変わらな過ぎてあれが夢だったんじゃないかって思うくらいだ。
いつも通り、日向と2人で騒いでいる。
いや、今日は少しだけ表情が明るい気がしたりする。
そんな風に気にしていたらいつのまにか部活が終わってしまっていた。
ぼんやり過ごすなんてもったいない…と自分を責めていると影山に声をかけられた。
「菅原さん!」
「え、あ。どした?」
「ちょっとお話があるんです。」
「話…?」
影山の真剣な目に驚きつつも、俺は頷く。
そしてある事に気が付いた。
「あれ?日向?」
「!!」
よくよく見ると影山の後ろに日向がくっついていた。
いくらなんでも上手く隠れ過ぎだと思う。
「日向も一緒?」
「はい。」
「そっか。」
その事に少し安心した俺は…最低だ。
「ここではちょっとなんなので。帰り道にある公園で。」
「ん、わかった。
ちょっと大地に話してくんな。」
影山達に断って、一度大地の所に行き先に帰ってと告げる。
大地は少し不審がっていたが、後輩の相談に乗るだけだと告げると了承してくれた。
影山からの告白は大地には伝えていない。
ちょっとでも、大地を不安にさせたくはなかったから。
「で、話って?」
3人で公園につき、ベンチで話を切り出す。
しかし、影山はなかなか切りだそうとしない。
「何か言いづらい事?」
「言いづらいというか…なんというか…」
「言えよ!」
「わーってるよ!!!」
もし、今回の話題があのことだとしたら日向がいるのはおかしい。
しかしだとしたら一体…
「あの、俺、日向と付き合う事になりました。」
「…へ?」
うーんと首をひねっていた俺は予想だにしない言葉に固まる。
「その、菅原さんにはきちんと話しておこうと思って…」
そう言って影山が語りだしたのは2人の一ヶ月間の話。
正直、それは衝撃的なものだった。
思わず日向を見やると、影山の後ろに隠れてしまう。
「菅原さんに告白してたった一ヶ月でなんだよって思うかもですけど…
でも、俺は…コイツの事が好きです。大切にしたいと思います。」
「影山…」
「菅原さんを好きな気持ちもちゃんと本物でした。
でも…いつのまにか何より大事なのは日向になってました。」
「か、影山さんそれはさすがに恥ずかしい…」
影山の後ろで日向はゆでだこ状態だ。その気持ちはわかる。
影山はよくも悪くもストレートだ。
「だから、菅原さんが俺の事を負い目に感じたりしないように
ちゃんと話そうって、こいつと決めたんです。」
「…そっか。」
可愛い後輩2人に…ひどく辛い思いをさせてしまった。
特に日向は…地獄のような日々だっただろう。
「ごめんな、2人とも。」
「え?なんで菅原さんが謝るんですか?」
「そうですよ!勝手に片思いしてたのは影山だし!」
「うっせぇ日向ボゲェ!!」
ぎゃいぎゃいとまるで俺を責めようとしない2人に涙が零れた。
「菅原さん!?」
2人そろってオロオロする姿は…俺が言っていいかわかんないけど
とてもお似合いだと思う。
「そういうことだったか。」
「え!?」
聞き覚えのある声にがばっと振り向けば、
草むらからごそごそと大地が姿を現した。
「大地!?」
「「キャプテン!?」」
「一ヶ月前からスガは何か変だし、影山と日向は揃って体調不良で休んだりするし。
妙だとは思ってたんだ。だから悪いと思ったけど盗み聞きさせてもらった。」
全部バレてしまった。その事に血の気が引く。
近づいてくる大地に思わず身を強張らせているとぽんぽんと頭を撫でられた。
「何強張ってんだスガ。」
「だ、だって…」
「俺に怒られると思った?」
「…うん。」
「怒らないよ。お前なりに悩んで俺に黙ってたんだろ?
責めたりしない。」
そう言うと、ぐいっと大地の手が涙を拭ってくれる。
…正直、後輩2人からガン見されて恥ずかしい。
「お前、キャプテンのあーいう男らしさ見習えよ。」
「あぁん!?俺はいつだって男らしいわ!」
「お前のはガサツっていうんだぞ!」
「ほらほら、2人とも喧嘩しない。」
俺から離れた大地は影山と日向を同時にぎゅっと抱きしめた。
「「「!?」」」
俺もびっくり。影山も日向もびっくり。
日向はすっぽりおさまってるけど、影山は飛び出してるから俺と目があってる。
「2人ともよく頑張ったな。」
まるでいつもの部活中のような大地の優しい声。
短い言葉だったけど…すぐに2人分の嗚咽が聞こえてきた。
これが大地のすごいところだ。
逃げばかり考えていた俺とは違う、広い心。
だからこそ影山も日向もその胸で泣くことができる。
「「おつかれさまっした!!!」」
仲良く並んで帰っていく日向と影山を見送り、
その後ろ姿が見えなくなると、今度は俺が大地にぎゅっと抱きしめられた。
「だいち…?」
「スガも…よく頑張った。気付いてやれなくてごめんな?」
「っ…俺は、頑張ってなんか…ない…」
頑張っていたのは日向と影山だけで、俺は逃げていただけだ。
「でも俺に影山の事言わずにずっと一人で抱えてただろ?」
「それ、は…」
「ごめんな。何かあるって気付いてたのに…怖くて聞けなかった。」
「怖い…?」
俺を抱きしめる手にさらに力が入る。
「スガが影山を気にしてたのは知ってた。
だからもしかしたら影山に心変わりしたんじゃないかって思ってた。」
「そんな…!!」
「だから怖くて聞けなかった。スガを失いたくなかったから。」
「俺は…俺は大地しか…」
「うん、わかってる。だからこれは俺の勝手な妄想だったってことで。」
そう言って、額にキスが落ちてくる。
「結局俺達より…影山と日向の方がよっぽど強かったな。」
「うん…そだな。なんたってあいつらは…」
烏野に新しい風を巻き起こした、奇跡の変人コンビなのだから。
俺らの杞憂などもろともせず、これからも突き進んでいくのだろう。
そんな2人を…あと少しの間、
大地と共に見守っていきたいなと夜空の下で思った。
*END*