「じゃあ近藤さん、僕お昼食べてきますね」
そう言って、すやすやと寝息の聞こえるこの部屋を後にした。
向かった先は職員専用の玄関。
子どもたちがお昼寝をしている時間が僕のお昼の時間だから、なるべく邪魔にならないように、人気のない場所で毎回食事をとっている。そして、そのあと本を読むのが日課。
「なぁせんせー。まいにちこんなとこでなにしてんだ?」
「………………。」
おかしいな、なんでこの子ここに居るんだろう。
腕時計で時間を確認すると、まだ1時半を過ぎたところ。普通なら、今は夢の中に意識があるべき対象のこの子どもは、一体どうしてここにいるのか。
「銀時くん、一応確認するけど、今何の時間か分かってる?」
「あー? ひるねのじかんだろ?」
「いやわかってるなら教室戻ろうよ。ていうかこれ、毎日言ってるよね?」
毎回この時間に教室から抜け出して僕のところにやってくるこの子の名前は、坂田銀時くん。ふわふわの銀髪に、やる気のないような垂れ目が特徴。
「それ、いっつもよんでっけど、おもしろいの?」
そして、当然のように僕の話を無視して横に座りのぞきこんでくる。
何この子。何なのこの子。
「あなた…を……してる?」
ちょうど呼んでいたのが今話題の恋愛小説で、主人公が相手に想いを告げる場面だった。
眉間にしわを寄せながらも読もうとしている銀時くんを見ていると、自然と頬が緩んでくる。
「愛してる、だよ」
「あいしてる?」
教えてあげると、不思議そうに視線を本から僕へと移す。
「じゃあこれは?」
「大好き」
「これは?」
「恋」
興味を持ったのか、再び視線を本に戻し、読めない漢字の文字をその小さな指で示し、尋ねてくる。
「どういういみ?」
そして視線はまた僕に戻った。
上目づかいで見てくる銀時くんはなんだかとってもかわいくて。
「んー、どれも大事な感情だよ。相手の人を想うだけで幸せな気持ちになったりする」
「ふーん」
「銀時くんも大きくなってそう思える人に会えたら、わかるよ」
頭に手をおいて撫でてあげると、くすぐったそうにして笑う。
「じゃあおれもいま、こい、してんのかな」
「銀時くん、好きな子いるの?」
問いかけると、顔を真っ赤にしてせんせーにはないしょ!と言って走り去ってしまった。
好きな子がいるなんて、ませてるなー。
読みかけの本に視線を落としながら、また頬が緩んだ。
※※※
「おいチャイナ、きいたかいまの」
「あーばっちりネ」
銀時くんが走り去った方向とは逆の通路からこっそり覗いているのは、銀時くんと同じクラスの沖田くんと神楽ちゃん。
残念なことにその声に気づいてしまった僕は、とりあえず本を読み続けることにした。
「だんなにまさかすきなやろーがいたなんてなァ」
「おもしろいネタができたアルな」
あぁ…また何か企んでる。
二人の表情が見なくても分かってしまう。多分すごくいい笑顔してる。
どうか、どうか問題が起きませんように…っ!
お昼寝の時間のあとは自由時間なので、園児たちはみんな運動場を走り回っている。
ちなみに僕は、園児たちが怪我したりしないか見守る係。
「おーいみんなー、そろそろ時間だよー」
教室に戻るよう声をかけると、はーいと返事が返ってきて、順々にくつを脱いで戻っていく。
沖田くんと神楽ちゃんの企み(?)もなかったみたいだし。
よし、今日も異常なし。
最後にうまく片づけられなかった遊具を整頓して、自分も教室に戻ろうとした時、
「せんせーをわるくいうなっ!」
ひどく悲しそうな銀色と、すれ違った。
「うわぁーん!」
直後に、2人分の泣き声も聞こえる。多分、声からして沖田くんと神楽ちゃんなんだろう。
何が何だかわからなくて双方向を交互に見ていると、奥から近藤さんが走ってきて、事情を話してくれた。
何やら3人でもめたみたいで、勢い余って銀時くんが2人の頭を叩いちゃったみたいなんだ。そう話す近藤さんは慌てふためいていて。
「とりあえず、僕は銀時くんを追いかけます。近藤さんは沖田くんと神楽ちゃんのほうをお願いします」
※※※
たどり着いた先は、職員専用の入り口。
銀時くんは、小さな体をさらに小さくして、扉の前にうずくまっていた。
「銀時くん」
声をかけてみても、返事はない。
うずくまったまま動かない銀時くんの傍により、しゃがみこんで問う。
「どうしてあんなことしたの」
「…だって、だってあいつらが」
顔をあげ、服をきゅっと握りしめたまま、
泣くのを必死にこらえながら、銀時くんは言う。
「ッあいつら、せんせーほんとはおれのことなんかすきじゃないって…。せいとだから、いっしょにいてくれてるんだって…」
「そんなこと―――「おれは、せんせーのことがすきなのに…っ!」
僕の言葉を遮って言った銀時くんのその瞳は、いつものやる気のないような瞳ではなかった。
まっすぐに自分を見つめる瞳からは、大粒の涙があふれている。
何度もしゃくりあげている銀時くんの体を抱きしめ、背を数度、優しくあやすように叩いてあげると、嗚咽はやんだ。
「僕も銀時くんが好きだよ」
「え…?」
「生徒だからとかじゃなくて、だよ」
だから泣きやんで?
ふわりと抱き上げると、銀時くんも落ち着いたのかぎゅっと抱きついてきた。
「さぁ、仲直りしてこようか」
「…うん」
恥ずかしそうに顔をうずめてくる銀時くんをかわいいなぁと思いながら、ゆっくりと教室へ足を進めた。
(…なぁせんせー)
(んー?)
(オレ、おっきくなったらせんせーのことよめにしてやるからなー)
(あははは、楽しみにしてるよー)
※※※
銀時くんたちの世代が卒業して数年後。
僕は色々な幼稚園を転々とし、そしてまたここへ戻ってきた。
空は快晴。まぶしいくらいに広がる、一面の青。
「だーれだー」
…だったはずの僕の視界が、急に暗くなる。
後ろから抱き締められるような形で目隠しをされている僕は、何が何だか分からなくて。
でも、どこか懐かしい感じがするのは気のせいだろうか。
「おいおいせんせーよぉ。教え子の名前も忘れちまったか?」
パッと手を放され、視界が急に明るくなる。
あぁ、この声。
声のする方に首を向けると、見覚えのある銀色がそこにあった。
「お嫁にもらいにきましたよー」
おどけたように頭を僕の肩に乗せて言うその青年は、もうすっかり僕より背が高くなって男らしくなっていた。
あいかわらずやる気のないような瞳をしているけど。
(君に会えたことが、心からうれしい。生徒じゃなくても本当に)
「っていうか、本気だったの!?」
「たりめーよ。男に二言はねーからなー」
ぎゃぁあああああ!! いいい頂いちゃいました幼稚園児坂田×先生新八!
拍手でいつもお話して頂いている泉さんから頂きましたvv
腐向けメモ2の私の妄想絵から、こんな素敵な小説を書いて下さった泉さまは神だと思います!
もうコレ、ひとつの小説で幼稚園児×先生と学生×先生と更に沖神まで楽しめるという素晴らしさ!
「お嫁にもらいにきましたよー」に不覚にもドキっとしちゃいましたvv
今まで坂田気持ち悪いと思ってたんですけど、可愛くて格好良かったんですね、目から鱗でした←
泉さま、可愛い坂田と新ちゃんをありがとうございました!
お礼は必ずさせて頂きますねvv